スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ウィキリークス以後の日本 / 上杉隆 


ウィキリークス以後の日本 自由報道協会(仮)とメディア革命 (光文社新書)ウィキリークス以後の日本 自由報道協会(仮)とメディア革命 (光文社新書)
(2011/03/17)
上杉隆

商品詳細を見る

初上杉隆。ゴルフジャーナリストが日本の欺瞞の根源を追究します。

Wikipediaによると、ウィキリークスとは"匿名により政府、企業、宗教などに関する機密情報を公開するウェブサイト"である。ネット上ではいろんな物議を醸していたが、ネットを日常的に見ない人にとっては、ピンと来ないらしい。知っていたとしても、首謀者が逮捕されたなんとなく危ないサイトという程度の認識である。

日本人の多くがそのような認識であること自体の恐ろしさを指摘したのが、本書。ウィキリークス自体の解説が欲しいなら別の本を手にした方が良い。タイトルの通り、ウィキリークスが世界に与えた衝撃と、その衝撃にあまりに鈍感な(または封殺しようとしている)日本のマスメディアに関するレポートである。

そしてこれは戦争についての本でもある。戦争は外交の一つの手段であるとよく耳にする。世界では既に、ネット空間上での「戦争」が国際政治を動かしているのである。ガラパゴス化極まるマスメディアはそのことに目を瞑り続け、「日本の常識は世界の非常識」が悪い形で広がっていく。その結果として、日本の国際的な存在感が薄れているのだという著者の論には大いに納得した。

サブタイトルにもあるように、著者が暫定代表を務める自由報道協会(仮)のことについても詳細に報告されている。そのこともあって、「私はこんなことを提言してきたのにマスメディアはダメダメだ」という言い回しが続くので食傷気味にはなってしまう。如何にマスメディアの報道に対するスタンスが腐りきってるかということを示してはいるが、読者としてはその上杉隆に対しても検証の目を向けるというスタンスが重要になってくると思う。

本書では、実際に誰がリークしているのかということに関する考察は含まれていなかった。確かに全体から見れば些末なことだし、匿名性が担保されてることが特長なんだから当たり前だが、ウィキリークスはそういう「アノニマス」な正論や良心に支えられているわけだ。つまりミクロに観れば、私にもあなたにも君にもボクにも躊躇なく問題提起できる場が提供されているのが、ウィキリークス以後の世界である。政府などの人工のシステムよりも広い意味での正義は、個々の人間の中にしかないのだろう。



ついでに最近ツイッターのデマ云々について感じること。というか学んだこと。俺も震災直後はいろいろ振り回された。

各自が情報をインプットするときには少なくとも、その情報が自分に届くまでに「転送(リツイート、伝言)」されたかを意識すべき。人の手を介す度に、その情報に触れた人の意図が混入することは避けられないのだから。すべての情報源にあたることが出来ればそれがベストだが、いくらネットで便利になってもなかなかそれは難しい。

 0次情報:自分が直接体験したこと
 1次情報:友人が直接体験したこと、記者・ジャーナリストが握っている情報
 2次情報:リツイートされた情報、新聞などの信頼できる(?)報道
 3次情報:ニュー速系まとめサイト
 情報の価値なし:噂話、情報源が不明な情報、チェーンメール

例えば↑みたいな感じで明確に。まぁこのレイヤー分類は考え方次第だけど、そういう意識を持ってニュースにあたるべし、ということ。「記者が握っている情報」と「記者が書く情報」にも次元の違いがある。

エライ人が言ったこと、エライ新聞社が報じたことを盲信するスタンスは捨て去らなくてはならないと、本当に実感する今日この頃ですね。新聞社もテレビ局もラジオ局も雑誌社も政府もIAEAも上杉隆も、何らかの意図を持って情報を発信している。その意図が、私や貴方に益するものであるとは限らない。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://damest.blog12.fc2.com/tb.php/392-bff8c1f5

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。