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トーマの心臓 / 森博嗣 


トーマの心臓 Lost heart for Thoma (ダヴィンチブックス)トーマの心臓 Lost heart for Thoma (ダヴィンチブックス)
(2009/07/29)
森 博嗣、萩尾 望都 他

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原作未読。森博嗣は『スカイ・クロラ』とエッセイの2冊しか読んでないけど、似た空気を感じる。耽美なw雰囲気を除けば、非常に森博嗣的な小説だと感じた。嫌いではない。

前述の似た空気というのは、主人公が自問するスタイルの文章で物語が綴られていることが、まず第一にある。学友の不審な事故死、親友の突然の豹変、父が母を殺したという壮絶な過去。主人公は様々なことに思い悩み、考える。そしてそこに、哲学が生まれる。このスタンスに共感できるかどうかが、この文章を受け入れられるかどうかの分かれ目だと思う。

また、どうやら原作漫画ではドイツが舞台であるらしいが、このノベライズでは舞台設定が日本に変更されている。しかし登場人物はオスカー、ユーリ、エリーク、トーマなど、カタカナの渾名で呼び合っている。研究室の教授がつけた渾名ということになっているが、この無国籍小説のような雰囲気が、日本であるという設定と乖離して不思議な雰囲気のある作品だった。これもまた、『スカイ・クロラ』に通じる部分であり森博嗣的だと感じた部分だ。設定を日本に変えた理由はよく分からないが、原作未読なので特に違和感はなかった。

トーマの死から始まる一連の流れの中で主人公が悩み、答えを得るまでが描かれているので、ポイントが明確で安定感がある。しかし小説の中では、トーマの死の真相やユーリの抱えていた秘密についての明確な答えが提示されなかった。若干の消化不良が残るものの、これはこれで作品として完結しているように思わせられる力のある文章だ。森博嗣の筆致は、台詞・モノローグ・情景描写などのバランスがとても良い。

謎が明らかにされないというのは、原作も同じなのだろうか。家にあるようなので(母GJ)とりあえず読んでみよう。この独特の哲学↓が、森博嗣のものなのか萩尾望都のものなのか、それも確認しなくてはいけない。
人間関係というのは複雑なものだ。それぞれが意地を張る。アイデンティティを保とうとするから、摩擦が起こるのもとうぜんだ。全員が全員と平和的に親しくなるなんで、逆に気持ちが悪い。(p52)
救うなんてことは考えない。そんなのは綺麗事だ。綺麗な言葉で自分を誤魔化しちゃいけない。君は知りたいだけだ。そして、もし知れば、今度は君が苦しむことになるだろう。友達の苦しみを、自分の苦しみとして感じることになる。でも、それでもユーリの苦しみは、少しも消えることはないだろう。苦しみを背負ったつもりでも、何の役にも立っていない。結局は、そういうことまで、君は知ることになる。友達なんて、いったい何の役に立つのか、と自問することになるだろう。もしなにか得られるとしたら、汚い人間の本性を理解するだけだ。(p236)

あと、どうしても気になるのは独特の外来語表記。エネルギィ、メンバ、ヒステリィ、カウンタ、黒いオーバ、茶色のマフラ。この徹底的な拘りは、何なんだろうw

■【感想】トーマの心臓 / 萩尾望都



そういえば『小説家という職業』を思い出すと、この大学の元先生は、シミュラークルとしての小説作品がビジネス的にコストパフォーマンスが良いことを見抜いて、極めて自覚的にシミュラークルを作成してる訳だな。小遣い稼ぎとして。
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