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半熟作家と”文学少女”な編集者 / 野村美月 


半熟作家と“文学少女”な編集者 (ファミ通文庫)半熟作家と“文学少女”な編集者 (ファミ通文庫)
(2011/04/30)
野村 美月

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本編終了の『"文学少女"と神に臨む作家』があまりに鮮やかだったので、個人的な美学を押し付けると、そのまま綺麗に終了して欲しかった。

文学というのは、楽しみ方は自由だし、解釈も読む人によって違っていたりして、そこがまた面白かったりする。"文学少女"であるところの遠子先輩がいつもそうするように、行間を"想像"するのも一つの楽しみ方だ。逆にいえば、作家にとっては、読者に対して「あえて見せない」ということも一つの技術であると思う。
(姫野カオルコの『終業式』を思い出す…)

ましてやこのシリーズは、主人公の周りで起きる事件を著名な文学作品とオーバーラップさせて、登場人物を通してその作品に新しい解釈や希望を込めるというのが基本スタイルだった。このシリーズの外伝8冊では、本編の幕間やその後の、サブキャラクターたちのストーリーを描いている。行間の出来事について、作者の側が明示的な情報を示してしまうことは、読者が"想像"して楽しむ余地を奪う行為であると思う。野村美月といういち作家の責任ではなく、ラノベ業界の宿痾ではあるが。

まあ、そんな外伝的ストーリーもこの一冊で最終巻。大学を卒業して編集者として働く遠子先輩の姿を拝めます。半熟作家のキャラがぶっ飛んでいてあまり好きになれなかったけど、図書館司書のお姉さんの仕掛けはちょっと面白かった。しかしこの時、遠子先輩は27歳?w


心葉が小説「文学少女」だけはメディアミックスを許可しなかったという記述がどこかにあったけど、その気概で実際の"文学少女"もアニメ化は阻止していただきたかったなあw
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